やまびこ停車場

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誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論 松本俊彦著

題名 誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論
著者 松本俊彦
発行所 みすず書房
発行日 2021年4月1日
ISBN978-4-622-08992-6

 

 産経ニュースの記事で目にしたのがきっかけだった。「精神科医としてどんな患者が一番好きかと問われたら、私は迷うことなく『覚せい剤依存症』と答えるだろう」と、変化球を放り込まれたような一文。興味を抱かせるには充分すぎるインパクトだった。

 

 写真付きの記事だったが、お洒落で個性的な風貌、これがまた関心を引く一つの要素だった。よく見ると白衣が・・・、それは我々のよく目にする丈の長い白衣ではなく、ジャケットの形をした白い羽織物だった。道理でカッコよく見えた訳である。

 

 こう言っては大変恐縮なのだが、国の研究施設の部長にはとても見えなかった。しかし、そのギャップが面白くもあり、また型破りでありつつも先入観に囚われない姿勢を感じたのもまた事実である。

 

 たった一つの記事で個性的だと分かる位の独特の感性は、著者の文章にも遺憾なく表れている。まるで短編小説のようなエピソード集で、「事実は小説より奇なり」という言葉がピッタリだった。しかし、その大半は失敗談や苦い思い出の類で、中には患者の自殺という最悪の結末を迎えた厳しい話もある。

 

 それらのエピソードの後には決まって教訓めいた事が述べられているが、これが実に説得力を持つのである。「薬物依存の本質は『快感』ではなく『苦痛』である」というのはその一つだが、「薬物」という言葉を外せば誰彼にも当て嵌まるような気がして侮れない。

 

 実は、私は毎日の缶コーヒーが止められないでいる。手を出すのは決まって出勤日の、疲労も溜まり始めた午後3時頃だったのが、最近は加えて午前中も飲むようになってしまった。休日は飲まなくても平気とはいえ、依存症然とした自分の振る舞いに辟易していた。これがこの本を読むに至った理由だった。止めるにはどうすれば良いのかという答えを探す為に。

 

 その答えは、良くわからなかった。エピソードは、どれも激烈過ぎて自分に置き換えて考えることも無理だった。しかし、「孤立している者ほど依存症になりやすく、依存症になるとますます孤立する。」という指摘は大いに私をドキリとさせた。お世辞にも人間関係が濃密とは言い難い。コーヒー依存の背景にあるのは、まさか孤立?そんな発想すら無かったのだが、的外れとも言い難く、じっくりと分析するだけの価値はあるかもしれない。