やまびこ停車場

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関東大震災 吉村昭著

題名 関東大震災
著者 吉村昭
発行所 文藝春秋
発行日 2004年8月10日
ISBN4-16-716941-X

 

 読んだ本の発行日をメモするようになってから気付いたのだが、本の発行日はリセットされることがある。本書の場合、1973年に出版されたのが最初で、1977年には文庫化、2004年に新装版が出された経緯がある。という訳で、私が読んだのは新装版になるのだが、奥付だけ見て新しい本だと早合点してはいけない。18年前の新装版を新しいと表現するのもどうかと思うのだが・・・。

 

 さて、関東大震災が発生したのは1923(大正12)年9月1日で、最初に本が出された年は震災発生から丁度50年目の節目だった。当時はまだ震災を経験した人たちが存命で、生存者の生々しい証言も現れてくる。証言の一つの場面として、あの有名な「本所被服廠跡」も登場した。

 

 本所被服廠跡。推計約3万8千人の犠牲者が出た場所である。3万8千人という数は、関東大震災による全東京市の死者の55%強に達し、「関東大震災の災害を象徴する」という本書の表現は全くその通りだと思う。

 

 この本を読む前の昔の話、被服廠跡で起きた実態を知りたくて一度訪れたことがある。東京都墨田区にある横網町(よこあみちょう)がそれで、復興記念館や慰霊堂も見て回った。火災で飴の様に変形したモーターなどの金属製品が今も屋外に展示されていて、火勢の凄まじさが伝わってくる。国技館が近く、勘違いして横綱町(よこづなちょう)と検索したのはここだけの話。

 

 広大な敷地にもかかわらず、この場所だけで万単位の死者が出た原因は、今流行りの言葉で表すならば「密」だったからだろう・・・と、自分なりに整理すると次のような感じになる。

 

1.被服廠跡にすし詰めになる程の人々が入り込む。多くは家財などを伴って。
2.火が周囲に迫ると、やがて火の粉が家財や服にかかってくる。
3.すし詰め状態なので、人々や家財にたちまち燃え移る。逃げるにも限度がある。
4.ひしめく中で転んだり倒れたりした人は踏み殺されていく。倒れた人にも引火。
5.やがて火災旋風が起こり、人々が飛ばされる。

 

 感染症と同じで、火災でも密は避けないといけない、というのが本書から得た教訓だが、密を避ける前に火を避けないといけないのが一番難しい。不安極まる災害時に少人数で耐えられるかという問題もある。

 

 この作品は、基本的には時系列に沿って起きた出来事をそのまま書き連ねているだけのような文章に見えるが、どういう訳かこれが読み飽きない。吉村作品の不思議な魅力である。ともあれ、私の中の吉村昭ブームもこの作品で一段落である。