やまびこ停車場

ただいま、過去に投稿した記事の一部を非公開にしております。

東京の戦争 吉村昭著

※書影の表示はありません。

 

題名 東京の戦争

著者 吉村昭

発行所 筑摩書房

発行日 2005年6月10日

ISBN978-4-480-42096-1

 

 先の大戦の話となると、政治的・思想的信条が露骨に入り込んでくるのが常である。私は若い頃それが大嫌いだった。しかし、現実に戦火を生き抜いてきた人たちの言葉は尊重されなければならない。

 

 吉村昭作品もこれで5冊目である。タイトルだけで拒絶しそうなところではあったのだが、この人なら大丈夫だろうと思って読んでみた。ありのままの情景を淡々と綴っていくスタイルはこの作品でも健在である。

 

 吉村昭は昭和2年に東京で生まれ、東京で育った人である(こう書くと途中から地方へ移住した印象を与えかねないが、どうもそうではないらしい)。「東京の戦争」とは自身が体験した戦中の思い出話である。私の両親よりは年上だが、伯父たちの世代とは同じである。ついでに言えば、私の小学校時代の校長先生やベテラン教師などもその世代だった。親戚や先生方が語りかけているのだと思って読んでみると、不思議と理解できるところがあるから面白い。人気作家だから・・・という目線で読んでしまうと、そうはいかなかっただろう。

 

 私はそんな世代の両親・親戚を持った子や甥である。そんな私が怖いと思った話が綴られていたので紹介しよう。餓死者の話である。戦時中、吉村昭は何人もの餓死者を目にしてきたのだが、不思議なことに女性と子供はおらず、40~60代の男ばかりだったという。小児には学童疎開があり、若者は徴兵でいないからだと思われるのだが、では女は?と言うと、生来の逞しい生命力で飢え死にすることがなかった、と分析していた。分析の真贋はともかく、今の私の年代と同じ男だけが飢え死にしていたという回想は兎にも角にも衝撃的だった。

 

 いつ戦争に巻き込まれてもおかしくない昨今の世界情勢。不幸にも戦災に遭ったらどうなるのか、どうすべきなのか、それが知りたいが為に読んだ一冊である。改めて、東京の戦災は激烈だったと思い知らされた。当時より遥かに多くの人口を抱えた首都圏に暮らしている今、この点は心に留めておかなければなるまい。

NHK「100分de名著」シリーズ 般若心経 佐々木閑著

※書影の表示はありません。

 

題名 NHK「100分de名著」シリーズ 般若心経
編者 佐々木閑
発行所 NHK出版
発行日 2014年1月15日
ISBN978-4-14-081593-9

 

 名前だけは誰もが知っている般若心経。お経として唱える場合には漢文をそのまま音読みするので、何も知らない人が聞くと全く分からない。ところが、読み下し文にするとまあまあ意味が通じてくるのである。飽くまで「まあまあ」だから、やっぱり解説が必要になってくる。

 

 私が書物に求めているのは専ら知識の取得で、だから本選びは分かり易さが第一条件だ。ところがこれは宗教的な本である。宗教は知識か?私は違うと思う。知識吸収の延長で、分かり易さだけを念頭に置いて選んだら当てが外れてしまった。宗教的な本は解説本と雖も人物本位で決めるのが良いのだろう。

 

 どういうことかというと、確かに分かり易い解説は欲していたのだが、説法のような雰囲気を加えて欲しかったということである。これを学術研究の専門家(著者は文学博士)に求めるのは筋違いなのだが、今振り返ると随分と分不相応の高望みをしてしまったと反省している。

日立の壁 東原敏昭著

※書影の表示はありません。

 

題名 日立の壁
著者 東原敏昭
発行所 東洋経済新報社
発行日 2023年4月6日
ISBN978-4-492-50340-9

 

 日立製作所の社長を務められた東原氏の著書である。書店で平積みで売り出していた頃に買って読んだのだが、感想を書くまでに間が空いてしまった。内容をほとんど忘れてしまったが、それでも社長就任を打診された時の話がやはり忘れられない。

 

 曰く、「東大出身じゃないという理由で断ったりするなよ」といったような内容を言われたのだとか。初めて知ったのだが、日立の社長は東大工学部卒が圧倒的に多い。絵に描いたような典型的なエリートコースもあったらしい。

 

東原氏は徳島大学のご出身で、社長就任の発表があったとき、これが妙に私の記憶に残ってしまった。大企業・一流企業の社長は東大とまでは言わなくても、大都会の大学を卒業した人が就くというのが私の先入観だったから。

 

 この異色の経歴に魅力を感じたのだが、読んでみるといろいろ大変だとかナントカ書いてあるけれども、泥臭い部分の表現が抑制されている感じがして、著者の人物像がこれで分かったかと言われると、なんだか微妙。しかし、ビジネスの話は面白かった。大企業の波乱というのは想像以上に凄まじい。

 

 一番印象に残ったのは氏の読書習慣だった。40代の頃の話だそうで、2時間、それも出勤前である。朝4時頃に起きるというから、一体どこにそんなエネルギーがあるのだろうかと不思議でたまらない。しかし、乱読したお陰で社長になってから話題に困ったことは無いという。私も少し見習ったら、たどたどしいお喋りや拙いblogの文章も少しは改善されるだろうか。

名字の歴史学 奥富敬之著

※書影の表示はありません。

 

題名 名字の歴史学
著者 奥富敬之
発行所 講談社
発行日 2019年4月10日
ISBN978-4-06-515287-4

 

 「一生懸命」の語源となった「一所懸命」の言葉。初めて目にしたのは小学校の歴史の教科書だったろうか。武士が一つの土地を命を懸けて守るという意味だと記憶しているが、雑学めいた記述が唐突に出てきたのに違和感を持ったのを覚えている。

 

 だってそうだろう、自分の土地(領地・領土)を守らなければならないのはいつの時代だって同じなのだから、なんで鎌倉時代に殊更に強調してくるのか・・・。

 

 読んでいく途中でそんな記憶が蘇り、そして同時に長年の謎が解けていく。苗字の歴史はもう一つの日本史であった。特に大和朝廷から鎌倉時代までの古代史は、自分の中でとても整理された感がある。高校の頃にこんな本に出逢っていれば、もう少し勉学に身が入っていたかもしれない。

 

 さて、「一所懸命」は「名字」とどうつながっていくのか。過去の自分に解説するとしたらどう言おうかと考えてみる。昔の自分向けだから、多少の間違いは目を瞑っていただきたい。

 一所懸命のベースは10世紀後半から11世紀にかけて荘園寄進が盛んだったことが背景にあるらしい。新たに開墾するとその土地が公領となり、且つ租税が課される(奈良時代に公地公民とか班田収授法とかそういうのがあったがアレを思い出す)。それを避けるために当時免税特権を持っていた大きな社寺や権力のある公家などの領地(寺社権門領)に、開墾地を寄進する(そう言えば、墾田永年私財法とかいう荘園のきっかけになった法も教科書に出てきたよね)。

 

ともかくも、寄進と言っても当然タダで譲るわけではない。開墾者は寄進と同時に開墾地の管理人として任ぜられるように仕組み、公租よりは安い程度のものは寄進先に収めるようにする。名義料に例えると分かりやすい。

 

 荘園寄進は法的には自分の土地ではなくなるので、油断していると名実ともに寺社権門領になってしまう危険がある。そこで、開墾地を自分の「名字」として名乗り、自分の土地であることをアピールし続けたのである。土地が奪われるという脅威は武力侵攻だけではなかった。涙ぐましい努力の跡を感じるのは私だけだろうか。

 面白いことに、名字の話はこれで終わらない。こうして名字が土地の所有を誇示する役割を担うと同時に、土地を持たない庶民が名字を公称することを自粛し始めたという指摘である。サラッと書いたが、昔から庶民は名字を持っていたという爆弾発言である。この爆弾発言は著者が初めてではなく、洞富雄氏の論文によるものらしいが、不意を突いたような指摘が本書の「はじめに」に書いてあると、読まない訳にはいかないだろう。

スズメバチの真実 最強のハチとの共生をめざして 中村雅雄著

※書影の表示はありません

 

題名 スズメバチの真実 最強のハチとの共生をめざして
著者 中村雅雄
発行所 八坂書房
発行日 2018年7月25日
ISBN978-4-89694-251-4

 

 本の感想を書こうと思ったのだが、結局は本を読んだ理由しか書けなかった。その点は予めご承知おき願いたい。

 

 さて・・・6月下旬、実家に帰省する私は雨マークの天気予報に憂鬱だった。庭の手入れをするというのに、これでは何も出来ない・・・。本音は帰りたくなかったが、結局重い腰を上げて帰ることにした。

 

 理由はもう一つあった。空き家の敷地にハチの巣が作られていないかを確認することだ。6月下旬ならば、たとえ巣を作られてしまっても自力で駆除できる。これが8月だとそうはいかない。事実、何年か前のお盆休みには、厄介な場所にスズメバチの巣が作られていて、駆除業者に泣きつく羽目になったのだから。

 

 そのときは、もう一度新幹線で盛岡まで往復できる位の額を支払ったな。イタかった。加えてお盆は駆除業者も休業のところが多く、依頼するだけでも一苦労する。間違いなく、巣が巨大になる前の6月に帰省して自分で処理をしたほうが費用の面でも労力の面でも楽でなる。ついでに言えばメンタル面においても。

 

 幸か不幸か禍か、帰省したのは正解だった。今年も巣を作られたのか!!・・・と嘆く一方で、帰省が無駄ではなかったことに喜びを感じる自分がいたのだが、それにしても、この徳利を逆さにしたようなものは一体何だ!?

 表面に見えるマーブル模様から、スズメバチに違いないと直感。後で調べると、これはコガタスズメバチという種類のようで、確かに外観はスズメバチそのものだが体は一回り小さく見えた。この独特の巣の形は営巣の初期段階のもので、これが発達すると、我々の見慣れたボール型の巣に変わっていくらしい。

 

 早速駆除に取り掛かるが、最近の殺虫剤の威力には恐れ入る。何が凄いかって、噴射の勢いは半端ではないし(テレビの演出でよく使われるジェットスモークを思い出す)、殺虫剤の霧がハチをかすっただけでハチは真っ逆さまに落ちていく。

 

 反撃を許すことも無く、安全に巣を撤去することは出来たのだが・・・、ここで徳利を撤去する直前に話を戻そう。殺虫剤を吹きかけてから暫く時間を置く。戻りバチがいないか確かめるためだったが、これ以上待っても戻ってこないだろうと判断し、最後にダメ押しでもう一度殺虫剤を吹きかけてみたところ、

 

「ん、今なんか飛んだよな。それも巣の脇から。」

 

 殺虫剤の忌避効果で巣に入りたくても入れないヤツらが群れているのか?そう思って、少し離れたところの塀の上に立って慎重に様子をうかがうと、何やらピンポン玉大の白い物体が。

 

 驚いた。アシナガバチの巣だった。徳利から1m程度の距離のところにしっかりと営巣していた。ハチの巣が隣り合うなんて無いと思い込んでいたから、全く不意を突かれた。ハチ同士で喧嘩をしないのだろうかと不思議に思いつつ、アシナガバチの巣も一緒に撤去する。

 

 まさかの展開ににわかに不安を覚えた私は、屋根に上って他に巣が無いかどうかをくまなく探した。あると一番厄介なのはベランダの真下である。気づかずにベランダに上ったら足音に驚いたハチが下から湧いてきて攻撃・・・なんて考えただけでも恐ろしい。

 

 幸い、ベランダの下には何も無かったが・・・、なんだこの白いゴミ。こりゃ、しなびたアシナガバチの巣か?まさかの3つ目かよ。恐らくは2階の軒下に巣作りしたものの風に飛ばされて落っこちたままで、巣の主はひょっとしたらさっき駆除したヤツらかもしれない。それにしても、どんだけ我が家はハチに好かれてんだ・・・。

知ってたのしい! 鉄道の信号 土屋武之・栗原景・伊原薫著

※書影の表示はありません。

 

題名 知ってたのしい! 鉄道の信号
編者 土屋武之・栗原景・伊原薫
発行所 交通新聞社
発行日 2022年10月6日
ISBN978-4-330-05622-7

 

 撮り鉄かつ乗り鉄の私は、信号機についてはあまり追求しなかったほうで、それどころか昔は編成写真至上主義で「写真に信号機が映り込んでいるなんて以ての外!」という考えだったから、邪魔者扱いしていた事が多かった。

 

 一転して信号機に興味を持ち始めたのは、通勤途上で青と黄色が同時点灯する「減速」の信号を頻繁に見かけるようになってからの事。鉄道信号は道路の信号と違い、灯りが同時に2個点く場合がある。それはさておき、その「減速」を示す信号機は毎日歩いて渡る踏切のすぐ脇にあった。

 

 朝の通勤時間帯、開かずの踏切には全く及ばないが遮断機が一旦下りると遮断桿が上がるまで電車を2本3本とやり過ごすことは当たり前。せっかちな私は踏切での待ちぼうけを回避したくてね・・・。

 

 踏切脇にあるその信号機は遮断機がすぐに下りるか否かの目安として作用していた。見通しの良い場所で、遠くから見た時点で黄色ならば踏切をすんなり渡れるだろう、青ならば棹に遮られる可能性大という経験則が次第に出来上がってきたのだが、黄色(注意)と青色(進行)の中間にある減速現示は微妙だった。

 

 急げば間に合うがゆっくりだとアウトかも・・・と、自分の意識次第でどうにでもなるのかと自覚し始めると、減速現示に対しては格別の注意を払うようになり、それが昂じて信号機に興味を持つに至ったのだろうと自己分析している。

 

 前置きが長くなったが、この本を選んだ決定打は、読んだ翌日から使えそうな知識がふんだんに盛り込まれていると思ったから。事実、踏切脇にあった信号機に見落としていたものがあったことに気づかされた。この信号機は場内信号機だったのである。減速指示が多かったのも何となく分かったような気がする。

 

 ところで、この本の第3章は「鉄道の信号を実際に観察しよう」というタイトルで、これが一番面白かった。話の核は中央快速線を走るE233系の前面展望を通して信号観察をするというものであるが、観察の着眼点は大いに参考になる。信号機の灯りの数は幾つあるか(道路信号と違って3個とは限らない)、信号機同士の間隔はどれくらいか、この2つを意識するだけで世界は驚くほど変わる・・・、と言ったら言い過ぎだろうか。

 

 さて、覚えたての知識を頼りに早速信号機を観察しに出かけてみた。場所は東海道本線の横浜-保土ヶ谷間。

 横須賀線相鉄線との並走区間でもある。相鉄11000系が通過する右側に、灯りが3つ横並びに点いている中継信号機があるのが確認できるが、なるほどカーブで見通しが悪いから中継信号機があるのだとすぐに分かった。カーブのすぐ先は西横浜駅

 

 次は東海道本線上り方面の信号機。

 なんだ?客って。一瞬戸惑ったが、東海道本線は貨物線が別にあるから、貨物に対する旅客の客を持ってきたものだろうと推測。5灯式の信号機を改めて眺めると、思っている以上に縦長である。下に目玉のようについているのは進路予告機か・・・。じっくり観察してみると意外なほどに面白いね、コレ。

40代からの勉強法&記憶術 碓井孝介著

※書影の表示はありません。

 

題名 40代からの勉強法&記憶術
編者 碓井孝介
発行所 PHP研究所
発行日 2018年3月2日
ISBN978-4-569-83768-0

 

 合格したから打ち明けるのだが、昨年とある試験を受けた。気まぐれも甚だしく、受験を決意したのと出願締め切りがほぼ同じ時期だった。最下級のグレードだったので高を括ったのだが、とんだ大間違い。前年度の過去問を解いたら、このままでは合格しないことをイヤでも自覚させられた。

 

 最下級グレードを落としたなんて露見したら立場がない。幸いなことに誰にも受験するとは言わなかったのだが、私は急に焦りはじめ、空いている時間全てをつぎ込んで勉強しまくった。

 

 ところで、40代の勉強法とは一体何なのだろうか。どの世代も忙しいといえば忙しいのだが、40代は「特に」時間がない。その理由は家庭との両立だという。さらに、40代は記憶力の減退を自覚し始めるときでもある。しかし、もっと記憶力の落ちる50・60代はそれを時間で補う位の余裕があるのだとか。なるほど。

 

 要するに40代の勉強法とは、トコトン時短を追求した、短時間プラス短期決戦の勉強法のことらしい。余裕のなかった私はこの本を頼りに過去問をひたすら解いていく道を選択した。

 

 教科書を無視していきなり過去問にフォーカスするのには若干の抵抗もあった。しかし時間は無い。この現実は素直に受け入れざるを得なかった。学生時代の、王道ともいうべきような勉強スタイルをスパッと手放したのは正解だったと思う。

 

 この本は、著者が司法書士とか公認会計士の資格を持っている方で、明らかにビジネス系(文系)向けの指南書である。私が受けた技術系(理系)の試験にノウハウのすべてが応用できるとは思わなかったが、少なくとも過去問活用の分野については全く同じ対応で問題なかった。

 

 過去問は5回取り組めとあったので、5年分はなんとか手を付けたし、切羽詰まった状況だったせいもあるが、自分にしては随分と素直に指南通りに実践したと思う。それにしても5回は多いと思った。しかし振り返ってみると、2回では足りなかった。3回でもまだ不安、安心材料足り得るには5回必要なことが実践してみてよく分かる。現実問題、記憶力が落ちているので、短時間・短期決戦ではあるものの繰り返すこともまた重要である。

 

 余談になるが、試験終了直後は茫然自失気味だった(笑)。計算問題が努力の甲斐なくボロボロで、それなのに合格したのは「計算問題の配点凄く低くね?」としか思えない。採点基準は非公開で知る由もないのだが、意外にも「努力しなくても合格してた」なんてオチだったりして。