やまびこ停車場

ただいま、過去に投稿した記事の一部を非公開にしております。

今は無き、松尾鉱山とその鉄道

イメージ 1
2011年5月 八幡平市松尾歴史民俗資料館にて
 
松尾鉱山と言えば、岩手県下ではまだまだ知名度がある鉱山です。
 
かつては「東洋一の硫黄鉱山」と言われ、標高900mの山中に造られた大規模な鉱山町は
「雲上のパラダイス」とも称される程栄華を誇りました。このとき建てられた娯楽施設(市民会館)は
県都盛岡のそれを凌ぐほど立派なものだったらしい。
 
しかし安い海外産の硫黄に押され、決定的なのは石油精製の過程で硫黄が副産物として得られて
しまったことですね。さながら「兵どもが夢の跡」、閉山に追い込まれてしまいました。
 
私の知っている松尾村(現:八幡平市)は、秘境が売りの鉱工業とは縁のないところで、
なのでそういう歴史があった事に非常に興味がありました。
 
 
とか言いつつも、私はやっぱり鉄道史料目当てで、この資料館にやってきたのですが・・・(笑)
ともあれ、産出された硫黄を運搬するために敷かれたのが松尾鉱山鉄道です。
 
起点は現JR花輪線大更(おおぶけ)、終点は鉱山山麓の屋敷台(やしきだい)。
日用品や旅客も運び、文字通り鉱山の生命線として大活躍していました。
 
鉄道は早い時期から電化されていました。電化完成は昭和26年。さすがに栄華を誇った鉱山だけあります。
花輪線は未だ以ってディーゼルなのに・・・。
 
供給電力は、JR直流区間と同じ直流1500ボルト。
イメージ 2
資料館に保存されている機関車の形式はED25形。2号機まで存在しましたが、現存するのは1号機。
ご多聞に漏れず鉄道廃止と同時に廃車の危機にさらされましたが、盛岡の資源回収業者(だったかな?)に
引き取られ、盛岡で暫し余生を送っていました。後、再び故郷松尾に戻り、現在に至っています。
 
こちらは銘板。「芝」の字の通りこれ東芝製です。上にあるのは松尾鉱業の社紋。
容易に推測できましょうが、運営主体は松尾鉱業の鉄道部門だったのです。
イメージ 4
 
資料館の中にも鉄道関連の史料が展示されていて、館内も見たのですが、帰り際に館内の人に
感想を求められてしまいました。
 
そこで、私は鉄道ファンだから保存車両目当てでやって来たことを告げたら、何と関連する収蔵写真を
わざわざコピーして持ってきてくれました。何と嬉しい心遣い!
 
地元を離れて初めて分かりましたが、岩手の人って本当に親切です。
イメージ 3
右上の写真は、メーカから松尾鉱業へ納入したときに撮ったと言う貴重な1コマ。
手前がED25形、奥がED50形。ED50形は秩父鉄道へ譲渡されて未だに現役だというから驚き!
 
 
それにしても、今では想像がつかない程の賑やかさで、鉱山も鉄道も廃止が惜しまれてなりません。